ゴキブリ飛び放題

朝遅く目覚めると、隣の部屋で黒いモノがゆっくり横切って飛んだのが見えた。ブゥゥゥウウンと虫特有の羽音がしなかったので、光の加減かな、見間違いかなと思ってしばらく隣の部屋をじっと見ていた。

バチッと虫らしきものが壁にぶつかる音がした。カナブンであってくれと願いながら、何者かの侵入を理解して起き上がった。

また音がして、今度は本棚の本にGが飛びついたのをハッキリと視認した。そして絶望した。

殺虫剤は本棚の上にあるのだ。

どうしようもなく立ち尽くしていると、奴はまた飛び始めた。無音で。そう、無音なのだ。羽音が無いので視界の外だと接近に気づけない。たまたま目にして気付けて本当に良かった。

右へ左へゆらゆらと自由気ままに飛び回る姿を見ながら、Gってこんなに飛ぶモンなん?新種ちゃうの?など未知の生物に怯える気持ちが高まりつつ、こっちへ来るな、来たら殺す!いやその前に恐怖で俺が死ぬ!と最大限の殺気とか祈りを放ちながら、瞬きもせず追っていると、本棚から離れてカーテンに取り付いた。

すわ殺り時!とばかりに素早く慎重に隣室に乗り込み、本棚の殺虫剤を手にした。これでお互い必殺の間合である。次の一瞬で勝敗が決まる。

ゴクリとつばを飲み込むと、先手必勝とばかりにスプレーのトリガーに指をかけ、すぐさま力を入れた!

ススッシュシュコー…シュコー…と弱々しい音がして柔らかミストな殺虫剤はGに届いたか届かなかったか微妙な勢い。やんぬるかな!スプレーはほぼ空だったのだ!

Gはそれを見てニヤニヤと触覚を動かした(ように見えた)。

予備のスプレーをすぐさま取り出した頃には、奴は完全に姿をくらませてしまった。ああ、缶の軽さで気付けなかった自分のバカさを呪うばかりだ。

 

それにしても、あんなにはしゃいで飛び回るGはどこから侵入したのだろうか。その謎はすぐに解けた。

ドアの郵便受けに、丸めた冊子が突っ込んであったのだ。中まで押し込んでくれればいいものを、突き刺してあるだけなので、その隙間から虫が入り放題になっていたのだった。たぶん。

郵便ポストを外に設置しよかな。